僕とパチスロ②〜現役引退に添えて〜
ジャグラーを打つきっかけとなったのも、友達だった。
彼はジャグラー専門で稼いでいて、後に僕が師匠と仰ぐ事になる人物である。
彼から、ジャグラーの全てを教わった。
設定6をいかにぶん回すか。つまるところそれだけだ。
ゴーゴーランプがペカったらボーナス。
至極単純明快である。
単純な僕は、単純なゲーム性のジャグラーに惚れた。
しかし、単純だと思っていた彼女は、実はとても複雑な女性(ヒト)だったのである。
僕は何度も振られ続けた。
そんなある日、師匠とメシを食う機会があった。
師匠、どうすればジャグラーを攻略出来ますかね。連チャンしたと思ったらハマり、6だと思ってたら途端に機嫌が悪くなる。もうどう付き合っていいか分からんす。
あれは完全確率などでは無いよ。
え?それはどういう事ですか?
あの台は抽選テーブルのハズレの割合が変動してる。連チャンする時はハズレが少ないテーブル、ハマる時はハズレが多いテーブルだよ。
だから小役の落ち方見てたら大体ハマる時がわかるから、島の状況やボーナス確率みて6じゃなさそうならやめ時だね。
なるほど。それってオカルト?
オカルトかもね、でも打ち続けてたら何となくわかるよ。
この当時は師匠の言う事とはいえ、とても眉唾だったため、僕は信じなかった。
ジャグラーなんて1000円でペカらせて100G回してやめたらええんじゃ、と。
師匠の言葉の意味が何となくわかるようになったのは何年も後、5号機の時代になり、プロ生活を始めてからである。
ジャグラーはどうやら差枚数をカウントして抽選テーブルを選択しているのでは…
北電子独自の乱数制御というのはもしかしたら、当たりやすさの変動なのでは無いだろうかと。
そうでなければ説明がつかない怪奇現象が起こり続けたからだ。
5連続で5G以内に連チャンしたり、2連続1G連したり、1500Gハマっている台を週2くらいで同じシマで見かけたり、どの台も2000枚出たら必ずREGばかり落ち出してハマり出したり…数え切れないほど。
その怪奇現象を逆手に取り、僕はジャグラーで勝率を上げる方法を編み出した。
負の差枚数のサポートラインを狙う立ち回りである。
高設定挙動の台は、ある程度出た後、グラフでこの枚数以上はハマりにくいだろうというサポートラインが引ける。
その付近でヤメている台をぶん回す。
2000枚以上出してヤメている台はなるべく触らない。
単純だが、これをやるだけで勝率が上がる。
その方法を使い、ジャグラーでも安定して稼げるようになった。
でも、そんな事なんて別にどうでもよくなる程、あのランプには魔力があった。
およそ自然界には存在しない魔の光。
ゴーゴーランプ。
僕らはただそれが見たいがために打っているようなものだったと言っても過言では無い。
あれは人を狂わせる光だ。
あの光に魅せられて、冷静さを失った瞬間がこれまで幾度となく訪れた。
ヒカリガホシイ…ヒカリガホシイ…
ジャグラーのシマはまるであの輝きを求めて集まる亡者の巣窟のようだった。
他にも書きたい事山ほどあるな…
でも引退に添えてという事だからとりあえず今回はこの辺で。
他の話、吉宗や北斗の思い出、鬼武者専門時代、5号機のプロ生活時代、6号機のプロ生活時代の話はまた今度書きます。
今回の引退の大きな理由は、三つあります。
1、今後メインとなる6号機のスペックがプロ生活者向きとは言えない事
ハイエナ出来るようになったとはいえ、情報が早すぎてそんな台はあまり落ちないし、6が分かりやすすぎて高設定ツモるのは最早抽選番号のくじ運。
2、来年4月からホールが全面禁煙となる事
ハマってる時にタバコ吸えないのはきつい。
3、腰痛と肩コリの慢性化により、長時間の稼働が辛くなってきた事
7〜8時間で激痛で肩が上がらなくなります。
これらの理由から、僕はプロ生活引退を決意しました。
仲間達より少し粘りましたが、もう充分やったし良いかな!という感じです。
本当に、長い間、これまでパチスロにお世話になりました。
好きな事をして稼げたのは、本当に夢のような生活だったと思います。
笑いあり涙あり、パチスロは僕の青春そのものでした。
ホールやメーカーには感謝しかありません。一部のクソ店とクソ台を除いて。
仕事としてのパチスロ、プロ生活は辞めますが、これからはふた月に一回くらい、諭吉1人だけ連れて趣味打ちに行きます。
なので、ホールで僕を見かけても
あれ?お前引退したはずだろ?来んなや!
なんて言わないで下さいね…。